大阪地方裁判所 昭和62年(行ウ)44号 判決 1988年9月29日
大阪府東大阪市箱殿町10番4号
原告
伊藤工機株式会社
右代表者代表取締役
松本健治
右訴訟代理人弁護士
小倉慶治
大阪府東大阪市永和2丁目3番8号
被告
東大阪税務署長 稲崎清
右指定代理人
高須要子
外3名
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実
(申立て)
一 請求の趣旨(原告)
1 被告が昭和61年6月26日付で原告の昭和59年10月21日から昭和60年10月20日までの事業年度の法人税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定は,所得金額630,872,807円を超える部分を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
主文同旨
(主張)
一 請求原因(原告)
1 原告の昭和59年10月21日から昭和60年10月20日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について原告のした確定申告及び修正申告,これに対して被告がした更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)並びにこれについての異議及び審査請求の経緯は,別表1記載のとおりである。
2 しかしながら,本件更正処分のうち所得金額630,872,807円を超える部分は,原告の所得金額を過大に認定したものであり,また,本件賦課決定のうち右所得金額を超える部分に対応する部分は,右のような過大な所得を認定した本件更正を前提とするものであって,ともに違法であるから,本件更正処分及び本件賦課決定のうち右所得金額を超える部分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の事実を認め,同2の主張は争う。
2(一) 原告は,昭和51年6月5日,大阪地方裁判所に対し,会社更生法(以下「法」という。)の更生手続開始の申立てをし,同年10月25日に右開始決定がされた。
(二) そして,右開始決定のときに終了した事業年度(以下「更正開始事業年度」という。)及び右以降本件事業年度までの原告の各事業年度における,①欠損金額の損金控除前所得金額並びに②当期の損害控除金額(法人税法57条によるもので,その合計は,591,487,166円となる。)及び翌期への繰越欠損金額は,別表2記載のとおりである。
また,更生開始事業年度の翌期首の繰越欠損金額(法人税法59条1項,同法施行令118条によるもの)は,559,171,482円である(乙第1号証別表五(二))。
(三) ところで,原告は,本件事業年度の法人税確定申告に際し,更生債務免除益として951,743,211円を,一方,その修正申告に際し,法269条3項による損金控除として668,965,480円をそれぞれ計上している。
(四) しかしながら,法269条3項は,更生手続開始前から繰り越されている欠損金額の損金控除を規定しているものの,右は,①文理上,本件事業年度においても繰越欠損金が存していることを要するうえ,②右繰越欠損金とは翌期へ繰り越される利益積立金の欠損額をいうと解すべきところ,本件では,右のような場合にあたらず,したがって,法269条3項の適用はないというべきである。
なお,更正開始事業年度の翌期首繰越の利益積立金(法人税法59条1項,同法施行令118条によるもの)は,前記のとおりマイナス559,171,482円であり,右金額は,法人税法57条による控除金額(前記のとおり合計591,487,166円)を超えないから,この点からしても,本件について法269条3項の適用はない。
(五) 以上のとおり,原告の本件事業年度の所得金額は,670,805,850円であり,この本件更正処分による納付すべき税額に基づき国税通則法65条1項を適用したのが本件賦課決定である。
三 被告の主張に対する原告の反論
被告の主張2の(一)ないし(三)の事実を認め,同(四),(五)の主張は争う。
会社事業の維持更正という会社更生法の趣旨ないし目的に照らせば,法269条3項は,その括弧書の文書にもかかわらず,更生開始事業年度の翌期首への繰越欠損金額(法人税法57条によるもの)の全部,すなわち631,420,109円を控除してしかるべきであり,あるいは少なくとも右金額から右二の2の(二)の既控除金額591,487,166円を差し引いた残額の39,932,943円を控除するべきである。
なお,原告は,昭和58年3月29日に被告の部下職員から右残額39,932,943円は債務免除益の発生する本件事業年度の損金として控除するようにとの指導を受けたのであるから,本件賦課決定のうち所得金額630,872,807円を超える部分(本件更正による所得金額から右残額を控除した金額)については,これを計算の基礎としなかったことに正当な理由があるというべきである。
四 原告の反論に対する被告の再反論
原告の反論の末尾の正当理由の主張について,その主張の指導がされたとの点を否認し,正当理由をいう点は争う。
(立証)
本件記録中の書証目録のとおりである。
理由
一 請求原因1並びに「請求原因に対する認否及び被告の主張」2の(一)ないし(三)の事実は,当事者間に争いがなく,右によると,後記二の欠損金の損金控除が認められない限り,原告の本件事業年度における所得金額が被告主張のとおりのものとなる。そこで,以下,原告主張の欠損金額の損金控除が認められるかどうかについて検討する。
二 更生会社における債務免除益につき欠損控除をすることのできる金額が本件の場合いくらであるかについて,被告は,559,171,482円(乙第1号証3枚目表(別表五(一))⑤の金額)から控除ずみの591,487,166円を差し引くので,零となる等と主張するのに対し,原告は,631,420,109円(弁論の全趣旨によると,乙第1号証1枚目表「欠損金額」(別表四「38の①」の金額)であると認められる。)の全部,かりにそうでないとしても右金額から控除ずみの591,487,166円を差し引いた39,932,943円であると主張するのである。
思うに,この点について規定する法269条3項は,更生手続が株式会社のいわば観念的清算をするに伴い生じることのある評価益及び債務免除益を税法上所得の計算において益金に算入することは,税負担を増大して会社の更生を妨げることになる点を考慮して,とくに益金としないこととするとともに,一般の場合との権衡をも考慮して,益金不算入の範囲を「更生手続開始前から繰り越されている法人税法第2条第20号(定義)に規定する欠損金額」の限度にとどめたものと解される。その文言に照らすと,右にいう欠損金額とはある事業年度のみの欠損の金額ではなく,その事業年度までに現に繰り越されている欠損の金額を指すものと解すべきである。また,事柄の性質にかんがみると,ある事業年度に繰り越された欠損があっても,同時に積立金その他の内部留保があればこれを欠損の金額と通算し,実質的なマイナスということのできる金額が益金不算入の限度を画するものと解すべきである。そして,この解釈は,昭和40年法律第36号による改正前の同条項が「更正手続による会社の財産の評価換及び債務の消滅による益金で,…更生手続開始前から繰りこされた損金…の額との合計額から更生手続開始の時における法人税法第16条第1項(積立金額)に定める積立金額と…の合計額を控除した金額に達するまでの金額」を益金不算入の限度としていたところ,同条項は,法人税の改正に伴い字句の修正を受けているが,その改正の沿革に徴しても基本的な考え方が修正されたものと解すべき根拠がないことからも裏付けられるのである。
そして,更生開始事業年度における欠損金額と内部留保を通算したのちの,翌期首の繰越欠損金額が559,171,482円であること,及び原告が更生開始事業年度における欠損金額631,420,109円のうち右繰越欠損金額を超える合計591,487,166円を法人税法57条により本件事業年度までに損金控除していることは,当事者間に争いはない。また,本件全証拠によっても,その余の欠損金額の存在を窺うことはできないから,本件において法269条3項その他の欠損金額の損金控除の余地がないことは明らかである。なお,法人税法57条による控除金額を差し引かないで繰越欠損金額全部を損金とするべき旨の原告の主張は,採用することはできない。
以上によると,本件更正処分は適法であり,また,これを前提とする本件決定にも違法のかどはない(なお,正当理由をいう原告の主張については,これを認めるべき証拠はない。)。
三 よつて,原告の本訴請求は,理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条,民事訴訟法89条に従い,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川口冨男 裁判官 園部秀穂 裁判官 齊木利夫)
<以下省略>